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東京地方裁判所 昭和26年(ヨ)4057号 決定

申請人 安原秀夫

被申請人 国民生命保険相互会社

主文

被申請人が申請人に対し昭和二十六年八月二十三日附でなした申請人を徳島支社中央支部長に転勤を命ずる意思表示の効力を停止する。

(無保証)

理由

本件仮処分申請の趣旨は主文と同趣旨でありその理由の要旨は次のとおりである。

一、被申請人会社(以下会社という)は生命保険業を営むもの申請人はその従業員で被申請人会社の東京総局勤務員であつたところ、昭和二十六年八月二十三日付で同会社の徳島支社中央支部長に転勤を命ずる旨の意思表示を受けた。

被申請人会社においては、大阪に本店を、東京に右東京総局を、各府県毎に支社を、支社の下に支部を設け支部は支社の指揮を受け保険契約の募集、宣伝督励をなすものとされ、会社の職員はいわゆる内勤職員と外務職員とに分れているのであるが、支部長は原則として外務職員がこれに当り、内勤職員をもつて充てることは甚だ異例のことに属する。現に全国数百名の支部長中内勤職員をもつて充てているのは僅かに数名に過ぎずしかもいずれも相当年輩の人で支社次長の職と兼務しているのが通例である。しかるに申請人は年齢ようやく二十七歳、曾つて支社勤務中若干募集関係の事務に従つたことがあるだけで、外勤の経験は全くない。しかも徳島支社中央支部は新設支部で未だ一人の社員もいないところであり余計その仕事の困難が予想される、従つて右のような人事は全く生命保険業界の常識に反し、非合理極まるものである。

二、ところで被申請人会社においては昭和二十一年五月内勤職員をもつて国民生命職員組合(以下第一組合又は組合と称する)が結成され、同年十一月生命保険会社の従業員をもつて組織する労働組合の連合体である全国生命保険従業員組合連合会(以下全生保と略する)に加盟していたが、昭和二十六年七月後に述べるような争議に端を発し一部組合員は第一組合を脱退して国民生命内勤組合(以下第二組合と略する)を組織しここに組合は分裂した。(しかしその後第二組合が第一組合を吸收した。)右第一組合では規約をもつて最高決議機関を中央委員会とし、これに次ぐ常置の決議機関を本店連合支部委員会とし、争議行為が開始されたとき闘争委員会を設け、闘争委員会は執行委員及び中央委員若干名をもつて構成されることに定められており、申請人の入社以後における組合経歴は別紙所載のとおりで、申請人は組合結成直後の昭和二十一年十月以来殆んど常に組合の第一線にあつて最も活発に組合活動を行つてきた。

三、申請人が転勤を命ぜられるに至つた経過は次のとおりである。昭和二十六年六月五日組合は被申請人に対し臨時給与として月收手取額の十割を要求したところ、同月二十日被申請人から平均手取八割(最低六割)を支給する等の回答があつたので組合は同月二十五日から二十七日まで中央委員会を開き十割の要求を貫徹することとし、そのためには実力行使もやむを得ない、その時期方法等については本店連合支部委員会に一任する旨決議した。その後組合、被申請人間に交渉があつたがまとまらないので七月五日本店連合支部委員会は妥協案をつくり、その妥協案を被申請人が拒否した場合には自動的に闘争委員会が設置されることを決議したところ、同月六日拒否されたので、直ちに闘争委員会が設置されて闘争宣言が発せられ、同月七日に定時退社、同月十日には本店及び東京総局は二十四時間ストを決行するに至つた。ところが本店の一部組合員はストに反対し組合を脱退して第二組合を結成するという状勢になつたので翌日組合は会社案受諾を決定し、翌々十二日会社もこれを承諾し、ここに臨時給与問題は落着した。そして、かように争議中第二組合の結成を見るに至る間において、会社は同月四日以来組合員に対し、組合を脱退しても心配ないということを強調し第二組合が結成された後は職制を通じて第二組合えの加入を勧誘したり、第二組合にのみマイクの使用を許したりなど第二組合の育成にこれつとめたのである。その後第一組合は第二組合に対して統一を提議したが、第二組合は容易にこれに応ぜず、その応じない理由が従来第一組合で活動してきた次の五名、すなわち闘争委員長(執行委員長)辻野耕二、闘争委員会渉外部長(副執行委員長)安原秀夫(申請人)同企画部長(同)杉浦昭雄、同教宣部長(執行委員、教宣部長)山村太郎、同組織部長(中央委員、前執行委員長)堀日生を排除したいためであることが明らかとなつたので、組合は同月二十八日同人等を役員から解任し、その結果ようやく統一の交渉が進められるようになつたが、第一組合はさらに第二組合の要望を容れて右五名を非組合員とし、今後二年間組合活動をさせないということを統一の条件として提案するまでに至つたもので、右の五名が組合の最も指導的分子であり、一般にもそう考えられていることが明らかである。右のような状勢の中で同年八月二十三日重役以下六十八名の人事異動が発表され、その中に前記五名中次の三名の異動が含まれ、業務部業務課の堀日生は福岡支社指導主任に、東京総局勤務の申請人は徳島支社中央支部長に、総務部文書課勤務の山村太郎は名古屋支社勤務に転ぜられたものである。このように組合指導者五名中三名までも大きな闘争の直後に本店或は東京総局という枢要の場所から地方に転出させられたもので、しかも右五名は前記のように第二組合からも排撃されていて、あたかも会社の措置と表裏をなしていたものである(因みにこのような事例は始めてではないのであつてこれに先立つ約一年前昭和二十五年七月一日に前記五名の一人である杉浦正雄(副執行委員長)を東京総局勤務から山口支社指導主任に転勤を命じている。当時ベース・アツプ闘争が行われ実力行使直前で同年六月二十一日妥結したのであるが、杉浦はこの先頭に立つて闘争していたその直後であり、しかも従来組合幹部の異動については事前に話合をする慣行であつたのに、この異動については公表三十分前に委員長に通告されたのみであつた。このような経緯からこの異動は組合の運営を阻害するための不当転勤であるとして組合は会社にその取消を要求した結果同年九月二十六日執行委員の異動については事前に協議する、同人の将来については不当に取り扱わないということで一応妥結したものである。)なお、会社は申請人の組合活動に対してはかねがね敵意を表明していたのであつて昭和二十五年十一月生命保険業界においていわゆるレツドパージ問題の起つたとき会社幹部から「組合活動を止めなければ、君の将来について保障することはできない」といわれ、又昭和二十六年六月中本店人事課長から申請人の組合活動に対する反感を表明されたこともあるのである。

四、そもそも、被申請人が内勤職員である申請人を徳島支社中央支部長に転勤を命じた措置は甚だ異例の人事で、申請人の年齢経歴からいつても非合理極まるものであることは前記のとおりであるが、よし申請人は内勤職員たる身分のまま支部長に任ぜられたものであり、給与においては差し当り不利益はないとしても、右のような地方転出自体が俸給生活者にとり不利益でないとは一概にいえないところであり、殊に支部長は自ら契約の募集に当るとともに部下外務員を直接指導監督して契約の募集に当らしめるもので、その事務はいわゆる外野事務に当り、内勤事務とは全く性質を異にし容易に交流し得べきものでなく(被申請人会社の職制等を定める事務章程には何等の定めがなく、内勤職員をもつて充てるのは職制上からも例外である)殊に支部長は右のような外野の指導監督に当るものであるから相当の熟練と経験を要する。従つて申請人が右のようなふさわしくない仕事を与えられたことによる苦痛乃至精神的負担は甚だ重いものがあり、当然勤務成績の上にも悪い結果をもたらすであろうから、これによる将来の地位上経済上の不利益も亦当然さけがたい。この点は特に申請人のような若年未熟練のものが徳島支社中央支部のような新設支部の支部長に任ぜられたのであるから尚更であり、成績不良、退社というコースを予想しても当らずといえども遠くはないであろう。要するに右転動の措置が申請人に対する不利益な取扱であることは明らかである。又これを他面から見ても申請人のような組合活動家を右のように転勤せしめる措置は明らかに組合活動を制限拘束するものに外ならない。もとより被申請人会社の本店及び組合本部は大阪にあり被申請人会社における組合運動の中心が大阪にあることは当然であるが、東京には大阪に次いで多くの組合員がおり、全生保の所在地でもあり又全般に労働運動の中心地である等の関係から、東京も亦大阪と並んで被申請人会社の組合運動の中心の一つであり、他の地方とは格段の違いがある。一方徳島では内勤職員とては支社長共僅か三名に過ぎず、組合の副執行委員長、全生保の執行委員であつた申請人として、ふさわしき組合運動をなさんとしてもこれをなすに由ないことはいうまでもない。なお、今次異動によつて前記五名中東京、大阪にいた四名のうち三名までが一齊に地方に転出させられ、その他においても幾多組合活動家が転出を余儀なくされ、他方、第二組合へ逸早く走つた闘争委員や、同組合の育成に尽力した人々の中からは地方支社転出どころか店内の職場転換者すら一人もないという有様であり又国民生命から選出されて全生保の執行委員となつた者は殆んど地方に転出させられている。(全生保は第二組合から好意を寄せられなかつた。)

五、以上の次第で、申請人に対する本件転勤の措置は、明らかに組合活動を理由とする不利益取扱であるばかりでなく、組合活動を抑制し阻害せんがためになされたもので、労働組合法第七条第一号及び第三号に該当する不当労働行為であるから、申請人の勤務場所及び業務内容が被申請人によつて定められ、被申請人は前記転勤の措置のように一方的にこれを変更し得る趣旨の契約であるとしても(この点は争点を少くするため少くとも仮処分事件においては争はない)右転勤を命ずる意思表示は不当労働行為として無効のものというべきであるから、申請人は今日右命令に基き被申請人会社の徳島支社中央支部長として勤務すべき義務はなく、従前どおり東京総局員として勤務すべき契約関係にあるもので、右のごとき転勤命令の発せられた現在その法律関係の確認を求める利益を有するものであるからこれが確認を求める訴を、その法律関係上の義務履行地たる東京地方裁判所に提起しようと準備中のものであるが、右のように申請人は被申請人から現在右転勤命令に従うことを要求されているもので、差し当つて不安この上もない次第であるから、申請人は確定判決をまたず早急に右地位の保全を求める必要がある。よつて本件仮処分申請に及んだ、というのである。

よつて、審案するに、

第一、被申請人は前記転勤命令は大阪本店の義務に属する事項に係るもので、本件は大阪地方裁判所の管轄に属し、東京地方裁判所の管轄に属しないと主張する。然し乍ら申請人は右のように被申請人との契約上その事業所中東京総局所属の職員として勤務すべき関係にあるものとして、その法律関係の確認を求める訴を義務履行地の東京地方裁判所に提起せんとし、その請求を保全するため同裁判所に仮処分を申請するというのであり右申請人の主張は疎明により一応認められるので、申請人の確認を求める法律関係の義務履行地はもとよりその就業場所とする東京総局所在地であるから、その所属東京地方裁判所が右本案を管轄し、従つてその仮処分申請事件を管轄するものというに差し支えない。

第二、申請人の主張する一乃至三の事実中「支部長が原則として外務職員で内勤職員を充てることが異例であること、内勤職員をもつて充てている支部長が支社次長の職を兼務しているのが通例であること、徳島支社中央支部に一名の社員もいないこと七月四日以来会社が組合員に対し組合を脱退しても心配ないと強調し職制を通じ第二組合えの加入を勧誘し第二組合にのみマイクの使用を許し第二組合の育成につとめたこと、会社幹部が申請人に対し組合活動を止めなければ将来を保障しないと言つたこと、人事課長が申請人の組合活動に対し反感を表明したこと」を除くその余の事実は疎明によつて一応明である。

第三、会社が申請人に対し、昭和二十六年八月二十三日申請人を徳島支社中央支部長に任ずる転勤命令を発したことは、前記の通りであつて、申請人は会社のこの措置を労働組合法第七条に違反するものと主張するので、まづこの点につき判断する。

一、疎明によれば、

(1)、昭和二十六年六月五日組合は、会社に対し臨時給与を要求して交渉を重ねたが七月六日決裂するに至つたので、同日闘争委員会を設置し七月七日には定時退社、七月十日には本店及び東京総局において二十四時間ストライキを決行するに至つたこと。ところが、七月十日午後四時三十分頃本店における一部の組合員がピケツトラインを突破して職場に復帰しストライキに反対し組合を脱退して第二組合を結成する状勢になつたので、組合は七月十一日会社に対し会社案の受諾を申入れ、十二日会社はこれを承諾し、第二組合もまた会社案を受諾したので、ここに臨時給与問題は解決するに至つたこと。右闘争に際し、執行委員長辻野耕二は闘争委員長、副執行委員長申請人安原は闘争委員会渉外部長、副執行委員長杉浦正雄は同会企画部長、執行委員教宣部長山村太郎は同会教宣部長、中央委員、前執行委員長堀日生は同会組織部長として活動したこと。

(2)、右のように、組合員の一部が脱退して七月十一日第二組合が結成されたが、間もなく第一組合及び第二組合を統合する議が生じたところ、前記五名が組合に関係していては統合の話合の妨げとなることが察せられたので、前記五名は七月二十八日組合役員を辞し、また組合の東京支部は第一組合を脱退し第二組合に加入せずして右統合に努力することとなり、ここに第一組合と第二組合の委員の間に統合の話合が進められたが、その八月一日の話合において、第二組合側の委員より、前記五名は退陣したがその同調者が残つていて反省の色のない以上統合は危険である、自分等の警戒する人達は少数だがその影響力は大である、影響力をなくすることが統合の要件である、前記五名の者を組合に入れることを認めるならば自分等の努力を水泡に帰せしめることになる等前記五名を排除することを望むが如き発言ありて、第一組合よりこれに沿う条件にて統合の申入があつて、九月二十日頃前記五名を二年間非組合員とすること、ほかに婦人部三名を一年間役員不就任と言うことにて第一組合を第二組合に統合する話合のできたこと。

(3)、この間において、会社は本店において七月十二日午後五時過頃、先日来の争議によつて手続上上半期賞与の支給が予定より相当おくれる見込であり傍々第二組合から要求もあつたので折衝の結果全職員に対し賞与引当の一部仮払を行うことを決定した旨の館内放送をなし、また、前記ストライキの後間もなく本店において第二組合員が、就業時間中第一組合員に対し加入勧誘をなし、詰問されるや課長の承認を得ている旨反駁したこと。

(4)、会社が七月十二日各支社長宛の前記争議に関する連絡文書において、第一組合の幹部が名分のない争議へ組合員を駆り立て無謀極まりない職場放棄を敢行させたのである。かかる愚挙を今後断じて繰返さない様に努力したい趣旨を明にしていること。

等の事実を一応認めることができる。而して、右(2)の事実は、もとより第二組合員の前記五名等第一組合の幹部に対する見解を示すもので、これをもつて直に会社の見解となすに由ないが疎明によれば、前記五名の声明文も発表されて居り、第一組合と第二組合の折衝の事情も文書によつて流布されていたことが窺はれるので、特段の事情の疎明のない限り、会社もこの間の事情を推知していたものと一応認めるべく、右(3)の事実中館内放送については、疎明によれば、事実を放送したるに止り、会社が殊更第二組合の活動を宣伝する趣旨で放送したものと為す疎明はないが、当時の状況下においては、かような放送が第一組合員及び第二組合員に与える影響は微妙なもので会社の意図をそんたくする結果を来す虞あることは、会社も容易に察知し得べかりしものと認めるほかなく、また、第二組合員の前記活動につき課長がこれを承認したとの事実を認める疎明はないが、右(3)の事実は、当時の会社、第一組合及び第二組合を包む雰囲気を断ずる上において、容易に看過することの出来ないものと言わねばならない。右(4)の事実は、会社が争議に対する対策のため各支社長に対し前記争議並に組合の活動につき見解を明にしたものであるが、前記争議をもつて第一組合の幹部が一般組合員を駆り立てて為さしめたものとし、主としてこれら幹部を論議の対象としていることが看取されるものと言はねばならない。従つて以上(1)乃至(4)の事実を綜合するときは、特段の事情の疎明のない限り、会社が前記争議をもつて無謀なるものとなしこれは一に第一組合の幹部の強力なる指導によるものとし、その内前記五名をもつて組合員に及ぼす影響力大なるものとして、少くとも、これら幹部の活動なかりせば前記争議も生じなかつたであろうと感じていたものと推定するもやむを得ないところと言はねばならない。

二、更に疎明によれば、

(5)、会社の従業員には、所謂内勤職員と外務職員との別がありこの両者は、雇入れ解雇等人事権の所管を異にし、給与の体系、就業規則、労働組合等いづれも各別に存し、また、その職務内容も異り、就業規則、事務章程によれば、内勤職員の職務権限は、本店業務部指導課が「外務職員等の指導訓育、指導部長並に指導主任の指導育成、広告宣伝」を取扱い、支社長が「指導部長支部長以下の指導督励」をなし、指導部長が「支部長以下の指導訓育及び督励に関する事項につき支社長を補佐」し、指導主任が「支社長その他上司の指揮を承け外務職員等の指導及び訓育に関する事務を処辨」するほか、保険契約の保全等の事務を取扱うことに定められ、外務職員は保険契約の募集に従事することと定められていること。

(6)、支部長については、事務章程に「支部は支社の指揮を承け保険契約の募集宣伝及び督励をなす」とあるほか、その職務権限について特別の定めは認められないが、内勤職員を支部長に充てることは従来屡々行われ、現在の内勤職員男子約四百十名中約百二名が支部長の経験を経たものであり、また現在の支部長二百六名中内勤職員八名(内正規採用者四名)が充てられていること。従て、支部長には、内勤職員と外務職員とあるが、外務職員の支部長は募集成績により給与も変更し降格等のこともあるが、内勤職員の支部長にはかかることなく給与服務においても他の内勤職員と異るところなく、内勤職員の支部長は個人契約高の増減よりは将来の地盤開拓信用向上に重点をおいて任命されるものであること。

等の事実が一応認められるが、支部長の職務権限につき特別の定めのあること及び内勤職員と外務職員により支部長の職務権限の異ることについては、これを認めるに足る疎明がない。従つて、右事実によれば、内勤職員の支部長の職務権限は、外務職員の支部長の職務権限と異るところなく、支部の経営のほか保険契約の募集宣伝及び督励にあるものと認めるほかなく、この限りにおいて指導部長、指導主任の職務と多く異らないものと言はねばならない。而して、この職務は、前記事実に照せば「指導部長並に指導主任の指導育成」「支部長以下の指導訓育」とある如く、一般内勤職員の職務とは別個に育成訓育の要あるものとして取扱はれていることが窺はれるので、職務の性質上一般内勤職員の職務と異るも、ひとり指導部長、指導主任については就業規則、事務章程において特に内勤職員の職務たることを明にしたものと認めざるを得ない。内勤職員の就業規則第三条において「職員の職制並に職務権限は事務章程に定めるところによる」と定められこれを疎明によつて明な一般内勤職員の職務が指導部長、指導主任支部長の職務と甚しくその性質を異にしている事実に照せば、内勤職員として雇入れられた者の労務の内容は、特別の契約を締結した事情のない限り、一応右のように定められた範囲に限定されているものと考えざるを得ない。支部長の職務につき見るに、前記のように以前から内勤職員をもつて充てた事例が相当あり、現に内勤職員の支部長あるに拘らず、未だ事務章程に内勤職員をもつて支部長に充てる場合のあることを規定するに至らざるをもつて、たとい前記のように相当多くの事例があつても、また内勤職員の一般職務と甚しく異るものとは考えられない部長、課長、支社長の各臨時代理の職務につき事務章程に規定のない場合と異り、特に支部長の職務が内勤職員の職務内容の範囲に入るものと考えられる程の特別の事情のない限り(本件においては、昭和二十二、三年頃においては外務機構の再建等のため特に内勤職員の支部長えの転出多くその数昭和二十二年六十六名、昭和二十三年十九名であつたがその後は毎年十名内外なること、現在支部長二百六名中八名が内勤職員であることは認められるが、これをもつて前記特別の事情の疎明ありたるものとなすには不十分と言わねばならない)、支部長の職務をもつて、指導部長、指導主任と同様に内勤職員の職務の範囲に属するものとして取扱われているものと認めるに由ない。更に疎明によれば、

(7)、一般に保険契約の募集という外務職員の職務は、内勤職員の職務が保険契約の保全その他の事務を担当し、一般事業会社等の事務職員の職務と多く異らないのに反し、労務の内容、労務による仕事の成否等において甚しく異り、特別の経験適性及び募集技術を要するものにて、外務職員と内勤職員の適否は同一に論ずることが出来ないこと。一般に内勤職員として雇入れられる場合においてはかような、特別の経験適性技術を考慮することなく一般内勤職員の職務に従事するものとして雇入れられ、外務職員の雇入れとは判然区別されていること。かように職務の内容、雇入れを異にしているから、一般に内勤職員をして保険契約の募集に従事せしめることはその例極めて少く、また内勤職員は外務職員の前記職務に従事することを一般に好まず、かかる職務に従事することを全く予期しない事情にあること。

(8)、被申請人会社においても外務職員と内勤職員の別、その雇入の事情等右と異るところなく、一般に内勤職員が外務職員の職務である募集等の事務を好まず、またこれに従事するを予期しない事情にあることは右と異るところなく、支部長の職務についても指導部長、指導主任と異り右と同様に考えられていること。申請人は通常の例に従い内勤職員として雇入れられ本店、支社、東京総局等において一般内勤職員の職務に従事して来たものであること。

等の事実が一応認められるので、以上の(5)乃至(8)の事実を綜合すれば、内勤職員より内勤職員としての支部長に転勤することは、就業規則により前記のように職務内容の定められている内勤職員にとつては、支部長の職が内勤職員の職務の一として一般にみなされるまでに至つていない事情の下においては、通常予期することを期待し得ないものと言うべく、これによつて新なる職務に適応するまでの危険を負担するものとして一般に好まれざるものと認めるほかなく、かような事情は、たとい給与服務等において不利益を受くることがなくとも、特別の事情のない限り、一般に不利益な措置と認めざるを得なく、従つて、申請人に対する会社の前記転勤の措置は申請人に対し不利益なる取扱と認めるほかないものである。

三、一般に労働関係において、使用者がその従業員に転勤を命ずる措置は、労務の内容等を指定または変更するものと解せられ、かかる措置は業務の運営上広く使用者の裁量に属するもので、特別の事情のあるほか、その当否を論ずるに適しないものと言うべきも、かかる措置もなお不当労働行為として為される場合のあることを否定し得ない以上、かかる措置もこの点の検討を免れ得ないものと言はざるを得ない。従つて、前記のように、申請人に対する会社の前記転勤の措置が不利益な措置となされる以上、かかる措置を肯認するに足る特別の事情の疎明のない限り、これが会社の自由なる裁量に属するからと言つて、不当労働行為の意思を容れる余地のないものであるとはなし得ないものと言はざるを得ない。疎明によれば、会社が徳島支社中央支部を新設しその支部長に内勤職員を充てる必要のあること及び会社の所謂主任係長級(中学卒業者については昭和十三年乃至昭和十七年の採用者にして申請人を含む)が所要人員百五十名に対し現在百十五名にて最近の異動者三十二名を除き家庭の事情、病気等を考慮すれば異動可能のもの五十名にしてその内二十五名を今回の定期異動において異動し申請人も当然異動の対象となつたことを認めることができ、また申請人を支部長として不適任と認めるに足る疎明はないが、疎明によれば、申請人と同等の経歴経験を有するものと認められる昭和十六年度正規採用の中学卒業者二十七名中支部長の経験者は申請人を含めて二名であり、これに対し指導主任二名事務主任十四名等であること、正規採用の中学卒業者二百三十一名中昭和二十一年以後の支部長の経験者三十三名(申請人を含む)であること申請人と同様の階層に属するものと認められる正規採用の中学卒業者昭和十三年九名、昭和十四年二十一名、昭和十五年二十八名、昭和十六年二十七名、昭和十七年四名の八十九名中支部長の経験者十七名であることが認められるので、概して支部長に充てられたもの少く申請人のほかにも支部長の適任者少からざるものと一応認めるほかないので、申請人を前記のように転勤せしめることが自然の措置であるとは、にわかに断じ難く、他に、右のような事情の下において、疎明により明な如く、申請人につき特別の縁故、事務上の関連も認められない徳島の地に、距離的にも事務上にもより近い関係を有するものと認められる大阪の本店等を措いて特に東京総局より申請人を任命するに至つた事情については、これを肯認するに足る疎明に欠くるものありと言わざるを得ない。

四、申請人に対する前記転勤の措置に関連して認められる事情は前記疎明の如くであつて、これらの事実を綜合するときは、右転勤の措置は申請人に対し不利益にして、会社が、かかる措置に出たのは、単に業務上の必要のみによるものと断ずるに由なく、申請人が前記臨時給与に関する争議において第一組合の幹部として強力にこれを指導し且日頃組合員に対し強い影響力を有していることを慮つたことに主要なる原因の存するものと推定するほかないものと言はねばならない。尤も右転勤の当時申請人が既に組合役員を辞し、また組合統合の上は非組合員となる事情の察知されていたことは疎明により明であるが、これをもつて申請人の組合員に対する影響力が消滅するものとはなし得ないから、右推定を覆すに足りないものとなさざるを得ない。よつて右転勤の措置は労働組合法第七条第一号に違反するものと言はねばならない。

第四  次に、前記転勤の措置が労働組合法第七条第一号に違反する場合の効力につき案ずるに、疎明によれば、被申請人会社においては、内勤職員と外務職員とがあり、内勤職員は就業規則事務章程によりその職務権限が明にされて居り、一般に内勤職員は右のように定められた職務に従事し勤務場所勤務の内容については会社の指示に従うものとされていることが明であるので、会社と申請人との間には、右職務の範囲内においては、会社が労務の内容及びその提供の場所等を指定しまたは変更し得る法律関係にあるものと考えられるのであるが、前記疎明の如く、支部長の職務については就業規則事務章程に規定されずまた内勤職員の職務範囲に属するものと認めるに足る疎明がないので、特別の契約なき限り、内勤職員より支部長に転ずることは右と同一に論ずるを得ないものと言うべきところ、本件においては、会社が内勤職員を支部長に転勤することを命じ得ることは、申請人の自陳するところであるので、会社は申請人に対し支部長への転勤を命じ得るものとなさざるを得ない。而して、この措置は、従来東京総局において、内勤職員の職務として規定されている職務に従事していた申請人に対し、少くとも別個の職務と勤務場所を指定するもので、申請人の債務の内容を変更する意思表示と解せざるを得ない。かように会社の申請人に対する前記転勤命令が意思表示と解せられる以上、労働組合法第七条第一号の解釈において、解雇の場合とこれを異にすべきものとなすに由なく、同条に違反する意思表示としてその効力を生ぜざるものとなさざるを得ない。

第五、然らば、申請人のその他の主張につき判断するまでもなく、申請人に対する前記転勤の措置はその効力を生ぜず、従つて申請人は会社に対し東京総局において従来の職務に従事すべき関係にあるものと言うべく、申請人が本案訴訟においてこの関係の確定を求める利益を有することは一応これを肯認せざるを得なく、疎明によれば、会社が申請人に対し徳島に転勤すべきものとなし、これがため申請人の東京総局における勤務は甚しく不安となり本案訴訟の確定まで長くかような事情の下にあることは申請人の甚しい不利益であることが一応認められるので、これを避くるための仮処分はその必要あるものと言わねばならない。而して、申請の趣旨並にその理由及び疎明に照せば前記転勤命令の効力を停止すれば、被申請人の任意履行第により申請人の地位が保全される事情のあることが窺えるので仮処分の内容は右趣旨をもつて足るものと言わねばならない。

よつて、申請人の本件仮処分申請を理由ありとし主文の通り決定する。

(裁判官 脇屋寿夫 三和田大士 丸山武夫)

(別紙省略)

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